おもしろかった! アクションあり、スリルあり、ロマンス……はちょっとだけあり。超名作とまでは言えないけれど、娯楽作品として見て損はありません。
この映画はジョゼフ・ゴードン=レヴィットがブルース・ウィリスと“二人一役”を演じると言うことで話題になりました。30 代のジョゼフが老いて 60 代となったブルースと共演するわけです。
初めこれを聞いたときは「いやあの二人全然似てないぞ?」と思って心配したのですが、そこはさすがハリウッド。CG やメイクなどの特殊効果で細工するのはもちろんのこと、感心したのはジョゼフ自身の演技でした。
ブルース・ウィリスの特徴とも言えるあの無表情、シニカルな笑み、台詞のボヤキっぷり、その辺を完全にジョゼフがコピーしているのです。ブルース・ウィリスも「自分の若い頃を見ているようだった」と言っていたそうですが、さもありなん。さすが一流スターは違いますね。
配役で少し不満だったのはヒロイン。主人公が惚れた娼婦と真のヒロインはどちらも「子持ちで気の強い、金髪でやせた若い女」なので印象が非常にかぶります。しかもどっちも正直……おっと、これ以上はネタバレなので後で。
アクション部分にも文句なし。2044 年の未来が舞台なのに近未来的なガジェットがほとんど無い1のがちょっと残念ですが、その分泥臭いアクションが楽しめます。
街が鉄条網で囲われているところなんて全然未来っぽくないのですが、これは逆に懐古趣味の表れですかね。特に“ドク”の拷問シーンはまるで中国人マフィアのような陰惨・残酷なやり方で懐かしささえ感じました(直接の描写はありません)。
中国と言えば、ストーリーや描写には東洋思想の影響が強く感じられました。監督・脚本のライアン・ジョンソンは中国好きなのでしょうか。「中国にしろ。中国には将来性がある。」などといった、中国をやたら推す台詞は製作のDMG Entertainment(中国の映画会社)の影響かもしれませんが。
さて、以下はネタバレです。上の予告編見ればわかるけど、ネタバレ見ちゃうと台無しの映画だからね! 見てない人は絶対下のを読まないでね!
ではここからはネタバレの話題。気になったことを書いていきます。
「タイムトラベル」の種類
古来、「タイムトラベル」を扱う映画には大きく分けて 2 つの系譜が合ったように思います。
タイムパラドックスが主題の映画
タイムマシンにつきもののタイムパラドックス。これを主題にして大成功した映画と言えばもちろん、バック・トゥ・ザ・フューチャーが挙げられるでしょう。
この分類は時間旅行を扱った映画では古い方に当たり、登場人物が時間を遡行することで起こる様々なトラブルを題材にしています。ありとあらゆるメディアで使われた題材なので正直やり尽くされた感があります。
平行世界が主題の映画
タイムパラドックスはそもそも理論として説明不能な部分が多々あり、描写にも理解にも困難を伴います。
そこでこれを抜本的に解決するために考えられたのが、従来からある平行世界という概念を、時間遡行と結びつけることです。
何者かがタイムトラベルを行った場合、その時点から別の「世界」を生じ、時間遡行者以外はそれを認識することはない、というのがこのジャンルの一定のパターンです。
これはコペンハーゲン解釈や多世界解釈といった現実の理論とも整合性が高く、科学的な蘊蓄を絡めるのも容易なため、特に最近増えているように思えます。ハリウッド映画ではバタフライ・エフェクト、ミッション: 8 ミニッツ(感想)と言ったところが傑作の部類でしょう。
この映画はどっち?
で、「ルーパー」はどちらかというと、これが意外にも使い古された方、タイムパラドックスが主題の映画なんですね。この映画にノスタルジーを感じるのはこれも原因なのかもしれません。
「タイムトラベルは複雑すぎる。それについて話すつもりはない。」という老ジョー(ブルース・ウィリス)の言葉は、今までの歴史を踏まえたものでしょう。突き詰めたところで誰にも理解できない問題なのですから、説明するだけ無駄です。
タイムトラベルの複雑さ
映画に出てきた例から「複雑さ」について一つ例を挙げましょう。ここでは拷問の末、悲惨な最期を遂げたセスについて、未来から来た方を老セス、現代の若い方を若セスと書き表します。
- 若セスが小指を切り落とされたとき、老セスの小指が消えた。
- つまり、若セスは 2044 年時点で小指を無くしたのだから、2074 年でも小指がないはずである2。
- しかし、数秒後に若セスが中指を落とされると、それに伴って老セスの中指がなくなります。この数秒後が問題です。
若セスが“ドク”のベッドについた時点で、いや、もっと言えば若ジョーが若セスの身柄を引き渡した時点で彼の運命は決まったはずです。
そのため、その時点で老セスが身体欠損状態にならなければつじつまが合わないのではないでしょうか?
「選択」によって未来は変わる
この問題を理解するためには映画マトリックスで使われた概念がヒントになります。
モーフィアス曰く、「事象の連続とは延々と続く『選択』の作用・反作用の結果として起こるものだ(要約)」と。
つまり、若セスがエイブ(組織の親分)に捕まった時点では、彼(或いは他の誰か)にとって「選択」の余地があったのです。
たとえば、若ジョーが友情を思い出して心変わりをし、単身囲みを突破して若セスを助けに走ったかもしれません。これならば若セスは小指を失わずに済んだでしょう。
そして若セスが小指を失った時点でもまだ「選択」の余地がありました。あのとき老セスが一瞬にして事態を悟り、全速力で若セスの元に向かえば、何らかの形で作用・反作用が起こり、中指を失わないで済むような未来が現れたかもしれないのです。(これが本来の意味でのバタフライ・エフェクト3)
最後の「選択」
こう考えると、ラストシーンの意味がわかります。と同時に、少し不可解な点も思いつきます。
若ジョーはラストシーンで次のような「選択」を迫られました。
- 老ジョーがシドの母親を殺害するのを傍観する。
- 自殺することで全てのループを断ち切る。
ここで彼は 2 番を「選択」したわけですが、このタイミングが不可解です。
「選択」によって未来が変わるとするならば、彼が「選択」したのはその自殺を決心した時点です。
つまり、自殺を決心し、銃口を自分に向けようとした時点で全ての未来は決まり、老ジョーが 2044 年の世界から消え去らないといけなかったはず。
映画の描写から言うと、次のような描写にならないと妙です。
- 若ジョーが「選択」する。
- 老ジョーが消え去る。
- 銃声、そして絶命。
映画では 2 番と 3 番が逆だったんですね。むしろ、銃声の後、老ジョーが少し怪訝な、或いは全てを悟ったような、意味深な表情を残すシーンすら見られました。これは少しつじつまが合わないのではないでしょうか?4
「ループ」の意味
描写に疑問は残るものの、この映画で描かれたタイムパラドックスは理論として破綻が少なく、秀逸なものだと言えると思います。「ループ」の概念にしてもそうです。
「ルーパー」が 30 年後の未来に殺されることで「ループ」が閉じます。30 年後、自分がどんな理由で殺されるのか、「ループ」を閉じられた「ルーパー」は知りません5。
また、未来から来たエイブが牛耳るこの非合法組織は、「ループ」を断ち切ることを非常に恐れます。
「ループ」を断ち切るとは、この場合、未来から送られてきた犠牲者を殺さずに逃がしてしまうことです。
それはバタフライ効果によって事象の連続性に重大な影響をもたらし、未来を変え、組織自体の存続を脅かします。逃げた若セスや若ジョーをできるだけ無傷で生け捕りにしようとしたのはそれが理由です。
捕まった若セスは悲惨です。彼は歴史に影響を与えない範囲で体を切り刻まれ、しかもこれから 30 年にわたって生命維持装置に繋がれ、そしてその後、タイムマシンによって過去に飛ばされる未来が待っています。そこまで慎重に(若セスにとっては残酷に)事を運ばなければ、未来への影響を防げないのです。
今までのタイムパラドックスものの映画だと、悪役が影響など考えずにバンバン未来を変えてしまうのが通例でした。上に挙げた「BTTF」のビフなんかが良い例ですね。
この映画では悪役が歴史を守る側、主人公が歴史を壊す側です。この点が特異です。
東洋思想の影響
これと関連して思ったのは、その悪役たるエイブの今際の言葉です。彼は「これも因果応報か」と言って死にました。
因果応報!! 仏教用語ですよ! 英語でなんて言うんでしょうね。
悪役が自らの行いを省みて、自嘲しながら死んでいく。しかもその時に「因果応報」などとつぶやく。ハリウッド映画では非常に珍しいですね。
仏教で因果とは輪廻と関連して語られる概念です。この世での行いが、生まれ変わった来世に影響をもたらす、これはまさにこの映画における「ループ」と重なってきます。
エイブは若ジョーを説得するときに決して手荒なまねはせず、自らが施した善行を思い出させようとしました。そもそも、後述のあるときを除いて、自ら手を下すこともありません。
「ループ」の引き金になっている彼こそまさに「因果応報」の信者であり、自らの行いがもたらす意味を真剣に考えていたのでしょう。
「キッド」
物語において、ある意味狂言回しとして振る舞う「キッド」というキャラクター。こいつの位置づけが最後までよくわからなかったのですが、映画を見終わって気付きました。
「キッド」はエイブの若かりし頃の姿なんですね!
そう思うと全て合点がいきます。大して有能でもないのに常にエイブのそばに侍り、何度失敗しても必ず再起のチャンスを与えられる。
失敗してもほとんど罰を食らわない。唯一エイブ自らが木槌で「キッド」の手を砕きましたが、あの程度の傷なら未来の医療を技術を持ってすれば完治可能でしょう。
また、「キッド」がよく足を撃ち抜き、ビッコを引いている癖。エイブが歩いているシーンがほとんど(全く?)無かったのはこれを示唆していたのかもしれません。
彼はやんちゃでへまばかりしていた過去を悔い、過去に戻ったときは(歴史に影響を与えない範囲で)「キッド」を教育しようとしたのでしょう。「因果応報」とはまさに彼の生き方そのものでした。
そう考えるとなかなかに魅力的なキャラクターです。
「レインメーカー」
そして、これは今でも考えてもよくわからないのが「レインメーカー」です。彼は何をしたかったのでしょうか?
物語の中で語られる、彼の行動を列挙すると次のようになります。
- 過去に舞い戻った老ジョーにより母親を殺される。
- 老ジョーの追跡を振り切り、復讐を誓う。
- 長じて裏世界の大物になっていざ復讐を果たそうとするも、はて、あの老ジョーが何者だったかわからない。
- そうだ! だったら「ルーパー」を全員殺してしまおう!
問題は 4 番ですね。これなんかおかしくないですか?
「レインメーカー」の幼きみぎり、シドといったあの坊や。彼は当時「ルーパー」の正体を知っていたんでしょうか?
劇中の描写を見る限りそうではありません。彼は母親から「銃を持った人が襲ってくる」程度の情報しか与えられおらず、老ジョーの顔写真も見た形跡はありません。
つまり、ラストシーンが老ジョーとの初めての邂逅であり、幼き彼にとっては「アレ? なんかこの人兄ちゃん(若ジョー)とそっくりだぞ? 父親かな?」と思うのがせいぜいです。
その彼をして、長じて「ルーパー」皆殺しという決断に至らせるには、少々短絡的に過ぎると思うのです。
母親の過去
一つこのときヒントになりそうなのが、若ジョーと初めて会ったサラ(シドの母親)の反応です。
彼女は若ジョーが事情を説明しかけてすぐに、彼が「ルーパー」であることを見抜きました。さらに、物語終盤には、襲ってくる老ジョーが若ジョーの老いた姿だと言うことにも気付きます。
つまり、サラのような境遇6では「ルーパー」という職業と、その詳しい仕組みは周知なもの7であったのです。
シドは母親の行状から「ルーパー」たる職業について何らかの示唆を受け、あの聡明な頭脳から老ジョーの正体を見抜いたのかもしれません。だとすると多少合点がいきます。
でも、「ルーパー」を殺してどうするの?
そしてまた、これがわかりません。未来の世界では、足のつかないやり方で人を殺すのは不可能だそうです。そのため、過去に送って殺させる(死体を過去に送るのはダメらしい)という面倒な方法を採っています。
つまり、「ルーパー」を殺そうとすると、必ず彼を過去に送ることになるのです。「レインメーカー」は過去の復讐を果たすため(多分)「ルーパー」を殺すのですが、そのために老ジョーは過去に送られ、そしてサラを殺しました。
これがそもそもの「ループ」の発端です。
幼い頃より聡明な「レインメーカー」がこの矛盾に気付かなかったのでしょうか? 彼をして、この「ループ」を断ち切らせようとするならば、ことは簡単。全ての「ルーパー」に天寿を全うさせることが一番の解決策です。
そして「ループ」は続く……
結局のところ、「レインメーカー」も人間です。彼にとってはそうなることがわかっていながら、やりきれない怒りのために「ルーパー」を殺すしかなかったのでしょう。
そしてそのうち何かのきっかけで歴史が変わり(またバタフライ効果ですね)、この不毛な行いがやむときが来るかもしれません。
彼はそれを期待して今日もを破壊活動を続け、「ルーパー」を過去に送り続けます。彼以外にとってはなはだ迷惑なことですし、他力本願以外の何者でもありませんが、二度も「母親」を失った彼は、正常な判断さえ出来なくなっていたのかもしれません……。
今までの映画の感想で最長となってしまいました。このように多少穴のある方が、完璧に練られた脚本の映画よりも好きなのかもしれませんね。久々に頭を使って楽しかったです。
- 引き出し型透明液晶モニタくらい? あれなら 5 年後には実用化してそう ↩
- 「30 年の間に整形手術で小指を復活させているはずだ」という突っ込みもあり得ます。しかし、現実問題として、今後 30 年にわたって監禁状態のセス(後述)がそのような治療を受けさせてもらえるとは思えません……。 ↩
- そういえば、ゲーム「スターオーシャン3」ではこれを特に、時空間バタフライ効果と呼んでました。 ↩
- 尤も、最後のあの表情こそが老ジョーたるブルース・ウィリスの最大の見せ場だったとも言えます。これは映画の演出上仕方が無いと考えるしかないかもしれませんね。身も蓋もありませんが。 ↩
- 多分ね。だって理由知ってたら必ず対策を取るだろうし。 ↩
- 彼女も人には言えないような職業に就いていたのでしょう。過去を語るときにばつの悪そうな表情をするとか、よくわからんうちに若ジョーに欲情していきなり襲うとか、ちょっと普通の人生を送ってきたなら考えられないような行動が多々ありました。 ↩
- かつ、若ジョーが丁寧に説明しようとしたということは、おそらく一般社会ではまだ知られていない職業なのでしょう。 ↩